胃を全摘して5年。今日の晩ごはんは餃子でした

食事・体重のこと

こちらの記事は個人の体験です。食事内容や体調については、主治医・管理栄養士の指示を優先してください。

胃がないと言うと、たいてい驚かれます。そのあと、たぶん言葉を探しているんだろうなという間があって、「ごはん、食べれていますか?」と言われます。

食べています。しっかり。

今日の晩ごはんは餃子でした。昨日はカレー。家族と同じ食卓で、同じおかずを食べています。違うのは量だけです。

手術のあと、私が知りたかったのはまさにこれでした。胃のない人が、何年か経ったころに何を食べているのか。調べても出てくるのは病院の説明ばかりで、知りたかったことはどこにも書いてありませんでした。

だから、自分の5年分を書き残しておくことにしました。

手術の日に、予定が変わりました

もともとは、胃を3分の2だけ取る予定でした。

でも実際に開けてみたら、がんは思っていたより広がっていて、その場で全摘に切り替わりました。目が覚めたときには、私の胃はもうありませんでした。

心の準備ができていたわけではないので、そこからはずっと手探りでした。

お茶碗半分から始まりました

退院した直後、ご飯はお茶碗の半分も食べられませんでした。おかずもほんの少しです。

何を作ればいいのかも分からなくて、入院中の食事を写真に撮っておいて、それを見ながら似たようなものを作っていました。煮物、魚の煮付け、豆腐、卵料理など。多めに作って、何回かに分けて食べる。当時はそれで精一杯でした。

そのころ工夫していたことは、別の記事にまとめようと思います。

2年目。おかずは戻って、量は戻らない

2年ほど経ったころの写真が残っています。

術後2年ごろの夕食

術後2年ごろの夕食。豚肉と温野菜、ペンネとナスのミートソース、さつまいもの天ぷら、大根サラダ。もう病人食ではありません。

ただ、ご飯茶碗を見ると、まだかなり少なめです。

このころ気づいたのは、戻り方に違いがあるということでした。食べられる「もの」は先に戻ります。食べられる「量」は、時間をかけて増えていきます。

「何でも食べられる」と「たくさん食べられる」は、似ているようで違っていました。

5年目の今

盛った分は、だいたい食べきれます。

量でいうと、小学生の子どもと同じくらいでしょうか。大人一人前はやっぱり無理です。かわりに、食べられないものはほとんどなくなりました。

そのかわり、別の悩みが出てきました。お腹がすぐに空いてしまうんです。

食べられる量が増えたら楽になると思っていたのに、今のほうがずっと食べ物のことを考えています。台所をうろうろしてお菓子を探したり。でも詰め込めば、あとで必ず苦しくなる。自分のちょうどいいが見つけられず、いつも満たされない感じがあります。

このあたりの話は長くなるので、別の記事に書きました

作れない日が、ずっとありました

食べる量の話ばかりしてきましたが、当時いちばん困ったのは、実はそこではありませんでした。

料理ができないことです。

退院してしばらくは、傷の痛みで台所に長い時間立つことがつらかった。手術の1か月後からは、抗がん剤治療が始まって、点滴を半年、内服を1年。点滴のあとは倦怠感がひどくて、横になっていたい日がありました。そういう日は、ご飯を用意することもできません。

私は義母に助けてもらいました。はじめは朝と夜の家族の食事を作ってもらいました。そのうち夜だけ、最後は自分で。作れる量も、食べられる量と同じように、少しずつ戻っていきました。

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ただ、正直に言うと、ずっと後ろめたさもありました。抗がん剤治療をしながら働いている人はたくさんいると聞きます。甘えているんじゃないかと思っていました。

今なら分かるんですが、あのとき比べる相手を間違えていました。体力も症状の出方も、人によって全然違います。無理をして回復が遅れたら、結局そのほうが長く迷惑をかけることになりますし。

それに、頼る先は人だけじゃなくてもよかったんです。義母に「今日もお願い」と言うのには勇気がいりましたが、冷凍庫から出すのに遠慮はいりません。

5年経って思うこと

胃がなくなると聞いたとき、私は食事のない人生を想像していました。

今、外から見たら、手術前と同じように食べているように見えると思います。でも、一度に食べられる量は少なくなりましたし、無理もききません。食べすぎれば苦しくなるし、いつもお腹は空いている。普通に見えて、私にとっては普通じゃないことが、たくさんあります。

それでも、手術のあとには想像もできなかった食卓が、今はあります。家族と同じ皿を囲んで、同じものを食べている。それが幸せです。

食べる量は戻りませんでした。

でも、暮らしは戻りました。

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